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祖母の死で想うこと 女性の長い人生

お盆休みもあっという間に過ぎていきました。
grandmother_祖母の死で想うこと
お盆休みはいつも半分くらい実家に帰り、姪っ子ちゃん甥っ子ちゃん達と遊んだりして過ごしております。今年の夏も同じように実家に帰って過ごしておりました。
そこに一本の電話。
福岡にいる祖母が亡くなったという知らせでした。

祖母はとても強い女性でした。いつもちゃきちゃきと明るく元気いっぱいな人でした。
幼少期から満州で育ち、乳飲み子をおぶりながら戦後日本に引きあげてきました。激動の時代を必死に生きた人でした。
神奈川と福岡だったのでなかなか頻繁には会えませんでしたが、子供のころは祖母に会うのがとても楽しみで、長い休みはいつも「おばあちゃん家」に行っていました。

そんな強い祖母でしたが、14年前の寒い日、脳こうそくで倒れました。
広い家に一人で暮らしていたので、だれにも気づかれずにかなりの時間が経ってしまっていたと思われます。ご近所の方が新聞が郵便受けに入りっぱなしになっているのがおかしいと、様子を見に来てくださり発見されました。
かなりの時間が経っていたであろうに、やはり強い人です。普通の人ならば亡くなっている可能性が高い中、一命をとりとめ、その後14年生き続けました。
95歳でした。大往生ですね。

ですが、脳こうそくで倒れた後の祖母は、言葉を話すことが出来ず、右半身が動かず、徐々に可動域が狭くなってしまい、最終的には左手しか動かない状態でした。
私たちのこともわかっているのか、わかっていないのかそれも判断が難しい状態でした。
最後の10年、祖母はどのように感じながら生きていたのでしょうか。
日本人の寿命はどんどん延びていますが、やはり大事なのは「健康寿命」だよなぁと祖母を見ていて思ったことが何度もありました。
でも生きていたことで子供・孫・ひ孫の成長を見ることが出来たということで、少しでも「生きていてよかった」と思ってくれた瞬間があったならいいなと思います。
お盆休み中に亡くなったのも、祖母が最期に「孫たちに会いたいよ」と言っているように感じました。普通の日だったら福岡までお別れを言いに行けなかったかもしれません。
あたりまえのことですが、祖母がいなければ私も存在しませんし、私の子供もいません。
祖母の血がしっかりと受け継がれていて、今現在幸せいっぱいに暮らせているよということを静かに眠る祖母に伝えてきました。
頑張って生きてくれたことにありがとうとお疲れ様という気持ちでいっぱいです。

祖父が亡くなってからなんと34年です。
女性はパートナーが亡くなってからも強く生きていく準備が必要ですね。
一般的にはどうしても女性の方が長生きですから。
私自身がお金や保険のこと、考え直すきっかけにもなりました。

祖母の時代より、女性が強く生きやすい時代であることは間違いありません。
祖母に恥ずかしくないようしっかりと毎日を過ごしていきたいと思います。
私も祖母のように亡くなった時に「すごい人だったな。」と言ってもらえるようなカッコイイおばあちゃんになっていけたら嬉しいです。

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